麦畑日の出

イーゴリの家族

イーゴリが生まれてすぐ、馬車に轢かれて片脚を失ってしまった父親は、イーゴリが幼い頃は粗末な義足をつけて生活し、一家の主人として働いていた。領主が足の悪い父親の働きに満足しなかったため、両親は幼いイーゴリを手伝いとして伴って賦役に行った。ここ数年の父親は脚の痛みがひどいと言って外に出ず、たまに鶏の餌やりなど、家の些事をする以外は動かず、イーゴリが代わりに彼の分の賦役や仕事をしている。妹のジーナの手伝いがあっても、薪集めや、よく壊れ、ネズミが湧くボロ家の修理や掃除と、畑仕事以外にもイーゴリがすることは尽きない。母親も賦役を担い、家事をしていたが、最近また腹が大きくなったので、領主の畑には行けない。どうしてそう何人も産むのかと、昔は弟や妹の誕生を不思議がって待ちわびていたイーゴリは呆れることもあったが、働き手を産むことに焦る両親の心情は青年にもわからぬわけではない。イーゴリは次男で、4歳の時に風邪で死にかけた後はこの歳まで丈夫に育った。しかし次の弟も妹も生まれて数週間、数ヶ月で天国へ旅立った。ジーナもよく高熱を出すので、イーゴリは本当は彼女をあまり連れ出したくはなかったが、身体を動かした方が健康に育つとも期待して、仕方なしに仕事をさせている。



イーゴリと一つ違いの長男は病気がちで、両親は疎んでいた。それでもイーゴリは幼い時、遊び相手になってくれた兄を尊敬していた。彼は両親に隠れて村人から手に入れた一冊の安い版本を何度も繰り返し読んでいたのだが、畑仕事も出来ず食料を減らすだけなのにと怒った父に暖炉に投げられて燃やされてしまった。本をくれた村人が文字を知っていて兄に文字を教えたらしいが、イーゴリは文字を知らない。その兄も、イーゴリが10歳の誕生日を迎えた後、流行病に倒れてそのまま動かなくなった。誕生日を覚えていてくれたのも、口数が少なく表情に乏しいイーゴリの感情を汲み取ってくれたのも、兄だけだった。イーゴリが最後に泣いたのは、兄が死んだ時だ。両親は涙も流さず、兄の死体を土の下に埋めた後、「これでお前たちの飯が増えるぞ」と言った。兄や弟妹が死んだ時、両親や村人はイーゴリに、彼らはこの世の苦しみから解放され、神の国へ行くのだから悲しむことはないと言った。イーゴリは、兄が楽になったのならいいが、もっと文字や、彼が本や木版画で知ったことを教わりたかったと彼らに言った。彼らはイーゴリに、小作人の息子が文字を知ってどうするのだと笑った。彼の身体が丈夫だったら、きっと村人の教師になれるくらい、貴族の書記になれるくらい、兄は頭がよかったと、イーゴリは信じていた。それは兄が歩むべきだった道で、イーゴリには歩めない道だった。イーゴリの道は、この村で、毎日歩く領主の耕地への道、どこにも続かない道である。



「永遠の記憶(ヴェーチナヤ・パーミャチ)!」



神に兄や妹、弟たちが忘れ去られないための願いを、イーゴリは彼らの葬式の度に唱えた。粗末な木の棺を埋葬した後、彼らの墓にはほとんど行っていない。墓標も雪に埋もれて見えなくなってしまうのではないかと、イーゴリは冬が来ると思う。村人はおろか両親からも忘れられたようにみえる彼らは、神に記憶されても地上の誰にも記憶されなかった。だからイーゴリはせめて彼らのことを忘れないように努めていたが、代わり映えしない、けれど忙しい毎日の中、兄の声も顔もほとんど思い出せなくなっていた。