「なんだか、眠くなってきたな。悪いけど、僕は暫く、寝る事にするよ。その本棚の本は、読んでいいみたいだから、アレクサンドル様が帰って来るまで、それで時間を潰してくれ・・・」

 

 

時計の針が進み、エリクが寝入ったのを確認したジーナは、読むのも困難な単語や文法で書かれた分厚い本を置く。まさかジーナが平民だとは思っていないエリクは、彼女が先日まで文字もあまり読めなかったことは知らない。当のエリクはすーすーとペチカの上で、静かな寝息を立てている。

 

先刻カード遊びをしていた途中に、エリクが午後の眠い時間に暖かい飲み物を飲んで眠ってくれないかと期待し、ジーナは睡眠を促進すると聞いたハーブティーを淹れていた。実際に効果があったのか、単に眠かったのか分からないが、エリクが寝てくれて助かった、とジーナは思う。彼女は、主人である伯爵の元愛人を無理やり気絶させるような真似は避けたかった。

 

(男爵は本当に急用なのか?)

 

レーシャの時のように、男爵はジーナを地下へ誘うためにわざと留守にしたのではないかとも、ジーナは怪しんだ。しかし、それは半分、ジーナが期待していたことでもある。彼女はわざと男爵の罠に乗っかり、屋敷を探索しようと思って、男爵の屋敷を訪れたのだ。また、男爵は絶えず社交で出かけていると伯爵から聞いたので、本当に急用の可能性もある。ジーナの計画は小さい確率の掛け算に期待した荒いものだが、幸か不幸か彼女の望み通りの成り行きになっている。

 

冷静だが向こう見ずな少女は、男爵がなるべく長く戻らないことを願って、行動を始めた。まず、ジーナはエリクのズボンのポケットをそっと探り、銀の鍵を見つけた。レーシャは男爵の部屋の鍵はなかったと言っていたが、愛人のエリクなら持っているのではないか、とジーナが推測していた通りだ。

 

あらかじめレーシャから聞き出してつくっていた地図をもとに屋敷の中を歩き、ジーナは男爵の部屋にたどり着いた。伯爵の城より小さな屋敷とはいえ、意外にも、男爵の屋敷は使用人が少なく、廊下ですれ違ったのも、厨房で働く料理人だけだった。お陰で難なくジーナは扉を開き、男爵の部屋に入る。部屋には、仰々しい石膏像や見たこともない動物の骨やらが置いてあったが、死体は転がっていなかった。ジーナは珍奇な品に気をとられることなく、書棚、文机、引き出しの中を、手早く探す。そして、文机の上の小物入れの中に、小さな鍵付きの手帳を見つけた。ジーナは伯爵の城で拝借していた、金属製の爪楊枝を使って鍵を開け、ぱらぱらと紙を捲った。

 

……

17xx年、...月...日 …村の少年 すぐに…しまうのは勿体ないほど…今度はもう少し長く……てみようか?

 

17xx年、...月...日 …の粉挽きの少女 馬車で通った際に声をかける。とても可愛らしい子だった。それだけに、……た時も……

……

17xx年、...月...日 … イリア …とは、うまくやってきたが………を見られてしまった……思った通り、よく……てくれた……惜しいが、また美しい妻は見つかるだろう。

……

17xx年、...月...日 …兄弟で………数度遊んでから……

……

 

 

日記には夥しい数の人名が書かれていた。殺していない者もいるようだが、被害者は、レーシャが衣服を見つけた者たちだけではないようだ。ジーナはベストをまくって手帳をシャツとズボンの間に挟み、なるべく物色の痕跡を消して部屋を出る。人目を避けつつ廊下を歩き、レーシャが言っていた書斎にたどり着いた。ジーナは本の分類を目印に、レーシャが見つけた回転する本棚を探し出す。それは、狩猟についての本が並べられた棚だった。力を入れて押すと確かに、本棚が回転し、地下室に続く入口が現れる。

暗闇の中に、躊躇わず一歩踏み出そうとしたところで、ジーナの意識が途切れた。