背中にあたる固く冷たい感触で、ジーナは目を覚ました。暗くて何も見えない中、刃物を研ぐ音だけが響いている。ジーナは全身に力を入れてみて、まだ四肢があることを確認する。

 

「ん?起きたかい?」

 

ジーナを昏倒させ、ここに連れてきたのは、ジーナの予測通りの人物だった。彼はまるで、眠りこけた少女を起こすような優しい声色で、話しかける。男爵が蝋燭をジーナの側に置いたので、暗い空間に彼の顔が浮かび上がった。彼はいつもと同じ高貴で陽気な表情を浮かべているが、いつも伽藍堂な瞳は狂気の熱を孕んでいる。蝋燭の灯りに、男爵が手にもつ、両刃の鋭い短剣(キンジャール)の切っ先が鈍く光る。

 

男爵は、無反応のジーナの頬を撫でながら感心して呟く。

 

「君は強いね。みんな、剣や斧をちらつかせただけで、泣いてしまうのに。そんな君が、どう泣き喚くか実に愉しみだよ!イヴァンは目が高い。エリクを先にと思っていたけど、彼は従順で、もっと私を信じきってからの方が面白そうだから、君を先にしよう。」

 

ジーナをこれからいたぶる愉悦に浸っている男爵に、いつもと変わらぬ冷たい視線を送りながら、ジーナは抑揚のない声で疑問を聞く。

 

「あの頭蓋骨や服は、彼らのものですか?何故、取って置いているのですか。」

 

「ああ…みんな、大切な思い出だからね。手に取るだけで思い出すよ、彼女や彼との甘い時間を。この部屋で見せた恐怖の表情と鳴き声をね。」

 

男爵はここで起きた惨劇を思い出しながら、うっとりと、甘い顔で微笑んで答える。機嫌がいいからか、これからもう日の目を見る予定のないジーナには何を話してもいいと思ったか、男爵はいつにも増して饒舌で、鼻歌まで歌っている。

 

「何故、殺したのですか?」

 

ジーナは奇妙な男爵の様子を観察しながら、一番分からなかったことを聞いた。すると、男爵は首を傾げ、考えたこともない、といった様子で数秒考え込んでから、口を開いた。

 

「何故…?そうだねえ……気持ちいいから、かな?段々冷たくなる身体を感じるのも、最後の絶叫を聞くのも、友人や恋人を想う涙を見るのも、最高に興奮するんだ!!やめてと泣いて懇願する子もいれば、最後まで抵抗して生に執着する子も……特に、若い子はいいよ、反応がいいんだ。」

 

快楽を思い出して笑う男爵を見つめるジーナの目は、何の情動も映さない。彼女にはさっぱり男爵の気持ちは理解できなかった。ただ、男爵は猟奇的な趣味の人間だったのか、とだけ、無感動に思った。ジーナは、怒りに震えるより、彼らの無残な最期に同情した。特に、自分と近しい農民の子供たちに。しかし、今のジーナも彼らと同じように、男爵に切り刻まれる寸前にあるものの、不思議と恐怖は湧かなかった。

 

(男爵が身体を撫でてくるのは不快だが……どこかで予想していたからだろうか?しかし流石に腕を切り落とされたら、叫んでしまうかもしれない)

 

男爵に殺された人間は、彼と偶然にも接してしまった不幸のために、嬲られ、殺されたのだ。男爵が権力を濫用してここまで多くを一人で殺していたのは異常事態だが、貧しい階層の人間が突然不幸に見舞われるのは珍しい話でもない。伯爵の父、前の伯爵が死んで、彼の寡婦が実権を握っていた時には、相次いで村の少女が消えた時期があったらしい。しかし、犯人は見つからなかった。農奴の命などそんなものだと、皆言っていた。彼らには怒る気力も残っていなかった。平民の、財もない女性が貴族に無体を働かれたとして、ごく稀に、庶子を養えと主張する猛者はいるが、大抵は泣き寝入りだ。ジーナもそんな女性たちや、森の中に無残に転がる死体を見てきた。だから、ジーナも、自分がそんな目にあう覚悟はしていた。だからこそ、豊かな生活のために、その危険に自ら飛び込むことができた。

 

「ふふ、怖いかい?……先に君も気持ちよくなりたいかな?」

 

黙り込むジーナを、男爵は恐れで何も口に出せないのだと思ったようだ。男爵は妖しい目でジーナを見つめながら、彼女の髪を梳くように撫でるが、ジーナは何も話さない。このまま自分が犯されて殺されるのを傍観できるほどジーナは達観していない。しかし、両腕は台の上に枷で固定され、両足には鉄球つきの鎖がつけられているため、ジーナは身動きが取れない。

男爵に口付けして舌でも噛み切るか悩むジーナを傍目に、男爵は彼女のシャツの胸元をはだけさせ、あらわれた彼女の白い肌の上に軽くキンジャールの切っ先をかすめる。流れ出た赤い血を、男爵は舌で舐めとる。生ぬるい感触に、ジーナが眉をひそめた。男爵は低い声で、ジーナに目を細めて問いかける。

 

「どうしたい?切ってしまってから楽しむのもいいし…でも、止血がうまくいかないとそのまま死んでしまうからね…。」

 

どちらも断りたい選択肢を二つだけ提示されたジーナは男爵に、切なく、すがるように頼んだ。

 

「せめて、痛みに耐えられるほど快楽に溺れさせてください。」

 

男爵は満足気に笑い、ジーナの股の間に座り、少女の上に覆いかぶさった。